Vol.11 : Lotus 79 & Rivals (2)
(written on 13.Aug.1997, corrected on 29.Sep.1998)
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 '78年に入り、圧倒的な強さを発揮し始めたロータスのベンチュリー・カー。それを見せつけられた他のチームもロータスを追ってこぞってグランドエフェクトの研究を開始します。

 その点、この年シャドウから分離して結成されたアロウズチームには、初のベンチュリー・カー、ロータス78の初期開発に加わっていたトニー・サウスゲートがいました。


アロウズFA1

 サウスゲートはサイドポンツーン(*注1)にウィング状のベンチュリー構造を組み込むロータスのアイディアを知っていましたから、彼もシャドウに在籍していた'77年から次期マシンとしてサイドポンツーンにウィング構造を組み込んだマシンのデザインに取りかかります。
 そして彼はこのマシンの設計図を持ってアロウズに参加。完成したアロウズFA1は'78年第3戦南アフリカGPでデビューします。

 ところがこのマシンについてシャドウチームが、それはもともと彼らのものであり(サウスゲートがシャドウでデザインしたわけですから)、盗作であると起訴したのです。実際、アロウズに続いて投入されたシャドウDN9はアロウズFA1に酷似していました。

 このアロウズとシャドウについての詳しいことは長くなるので、別頁に載せます。で、結局アロウズは敗訴し、新しいマシンの製作を余儀なくされます。とはいえ、裁判中からこの事態を想定して製作が開始され、結審直後に完成したA1も結局はFA1&シャドウDN9とほとんど変わらないものでした。

 さて、こうした曰く付きのアロウズFA1系列ですが、これらは先程述べたようにロータスと同様、サイドポンツーンにウィング状の構造物を取りつけたマシンでした。マシン全体でダウンフォースを稼ごうという点ではそれまでのマシンよりも先進的な思想に基づくマシンであることは確かでした。

 ところがこのマシンはロータスと決定的に違うことがありました。ロータスが組み込んでいたのはウィングではなく、ベンチュリー構造だったのに対し、アロウズは完全にウィングとしての効果を狙った構造物だったのです(*注2)。

 ウィングは常に抵抗を伴います。ロータスはその限界を感じて全く新しい可能性、「グランドエフェクト」にかけた訳です。しかし、サウスゲートはそれを模倣するのを避けたのか、ただ単にロータスでの研究の意味がわかっていなかっただけなのかどうかは不明ですが、とにかく、彼は明らかにグランドエフェクトではなく、ただ単にウィングとしての働きのみを狙った構造をマシンに取り付けてきたのです。強いて言えば、サイドウィングとでも言えるものでしょう。

 よくベンチュリー・カーのことを「ウィング・カー」と呼ぶことがあります。しかし、ベンチュリー・カーが獲得した巨大なダウンフォースは、実際はウィングの力を利用したものではなかったので、厳密に言えば、それはあくまで「ベンチュリー・カー」もしくは「グランドエフェクト・カー」と呼ぶべきだと言えましょう。それに対して、このアロウズFA1/A1とシャドウDN9こそは、まさに「ウィング・カー」と呼べるかもしれません。
 さて、走り始めたアロウズのマシンは、期待の新鋭であったリカルド・パトレーゼのドライブも相まって新チームにしてはそこそこの成績をおさめます。
 とはいえ、ロータスのような圧倒的な力もなく、サウスゲートが狙ったほどの速さを発揮した訳ではないことは明白でした。


アロウズA1の
「サイドウィング」

 結局のところ、アロウズ/シャドウのサイドウィングは上面と下面の空気の整流がうまくできず(中にオイルクーラーなどを組み込んだためでしょう)、満足なダウンフォースを発生できなかったのではないかと思われます。

 それよりも、上面の空気を考慮する必要がなく、また抵抗もずっと少なかったベンチュリーのほうがはるかに効率が良く、大きなダウンフォースを発生できた訳です。

 また、アロウズ/シャドウはサイドウィングの幅をなるべく広く取るために非常に細いモノコック(*注3)を製作しましたが、それはロータスのような堅牢なフルモノコックではなく、従来どおりの、ドライバー上面の開いたバスタブモノコックだったのです。見るからにひ弱だったこのモノコックは、やはり剛性が足りなかったらしく、操縦性不良でドライバーをよく悩ませたようです。

 余談になりますが、このコラムのPart.9で触れた、'78年第14戦イタリアGPにおけるロータスのロニー・ピーターソンの死亡事故の引き金を引いたといわれるのが、パトレーゼの駆るこのアロウズA1だったのです。パトレーゼが強引なドライブをしたために多重クラッシュが発生し、79を予選の事故で失い、旧型78に乗っていたピーターソンが巻き込まれた、というのです。しかもパトレーゼが最初に絡んだのが前回のコラムのテーマであったウルフのWR5だったのです。
 パトレーゼはこれにより1戦の出場停止を食らい、「危険なドライバー」として随分と叩かれることとなります。

 しかし、ピーターソンは亡くなるし、パトレーゼはレッテル貼られしで不謹慎かもしれませんが、この事故に関わったマシン達、なんとも皮肉な取り合わせではありませんか?

 今回は「真のウィング・カー」アロウズFA1/A1及びシャドウDN9について見てきました。これらは結局、ロータスの「ベンチュリー・カー」の前には全く歯がたたずに終わりました。ロータスの初期開発に関わったサウスゲートですらその原理について理解していなかった(?)ほどロータスの完成させたベンチュリー・カーは先進的なものだったのです。

*注1:

 サイドポンツーンとは車体側面の箱のような部分のことであり、現在ではラジエターや、車載コンピュータなどを収め、側面衝突時の衝撃吸収の役目もある。もともとポンツーンとは水上飛行機のフロートのことを指す。

*注2:


ウィングの周りの空気の流れ


ベンチュリー効果の原理

 ウィングはその上面と下面に空気が流れ、飛行機の場合は上面、F-1の場合は下面の空気の流速を上げて負圧を作り、その方向に向けた力(揚力/ダウンフォース)を発生させるものである。

 それに対し、ベンチュリーとは右図のように凸状の構造物が向かい合ったもので、その間を空気が通り抜けることで流速が上がり、そこに負圧が発生するものであり、ベンチュリー・カーの場合はその片方の凸状構造は路面になっているわけである(この場合、地面とマシンの間に力が発生するのでその力をグランドエフェクトとも呼ぶ)。

 ベンチュリーの場合は負圧になる部分のみが存在すれば良く、ウィングのように上面/下面の空気を考慮する必要がない。

*注3:

 モノコックはマシンの背骨とも言え、ドライバーや燃料タンクを収める一方、後部にエンジンが連結されるなど、非常に重要な部分である。
 もともとは「一つの殻」を意味する。力を外皮全体で受け止めるため、軽量で丈夫な構造が可能となったというわけである。
 従来のツインチューブモノコックはドライバーの両脇の二つの箱型をバルクヘッド(隔壁)でつなげた構造をしていて、ドライバーの上方が開いていた。そのため風炉桶のような外観で、バスタブモノコックともいわれた。幅が広く、ベンチュリーを構成するには無理があった。
 ロータスでは78で単純なシングルチューブモノコックを採用し、そのことで失われる強度を、ドライバーの足の部分も完全に覆うフルモノコックとすることで補った上、ベンチュリーによって発生する巨大なダウンフォースを受けとめようとした訳である。

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