Vol.2: ABC of Aero Dynamics (1)
(written on 1st.Nov.1997)
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 今回は空力、空気力学という分野について語っていきましょう。

 F-1マシンはものすごいスピードで空気を切り裂いて走っています。当然、空気から受ける力も凄まじいものとなります。この空気をいかにして扱うか、これがF1空気力学の研究テーマというわけです。

M7A
葉巻き型ボディのマクラーレンM7A

 昔のF-1の写真をご覧になったことがあるでしょうか?

 マシンのボディは非常にシンプルな葉巻や弾丸のようなスタイルで、それがタイヤをつけて走っているような感じです。いかにもシロート目には空気抵抗が少なそうですね。逆にかえって現在のF-1のほうが空気抵抗が多そうな形をしています。

 しかし、事実は全く逆です。葉巻スタイルの時代のF-1界にはまだ空気力学という概念は定着していませんでした。それが'70年代あたりから急速にその部分の研究が発達し、現在では各チームが風洞を導入し、非常に高度な空気力学の研究が行われているのです。もはや航空機レベル、いやそれ以上だと言っても過言ではありません。

 さて、実際のところ、空力って具体的に何を研究しているのでしょうか?
 まず誰でも考え付くのは空気抵抗を減らすことでしょう。少しでも速く走りたいF-1にとっては空気はただの邪魔な壁に過ぎないわけです。いかにうまくその壁を切り裂くか。
 昔の葉巻型ボディもまさにその心の表れです。空気力学の概念がないなりに少しでも抵抗を少なくしようという技術者達の気持ちがわかります。

 しかし、今のF-1の空気力学にはそれよりももっと重要な研究項目があるんです。それは「ダウンフォースを得ること」。
 ダウンフォースとは逆揚力とも言い、要するに下方に向けた力のことです。
 どうしてそんな力が必要かと言いますと(第一回でも多少触れましたが)、F-1マシンはタイヤによってエンジンの動力を地面に伝えて前へ進むわけですね。そのためにはタイヤが十分に地面に押し付けられていなければタイヤが空転して十分にエンジンパワーを路面に伝えることができないわけです。
 また、高速でハンドルを切ると遠心力が働いて車を外側へ弾き飛ばそうという力が発生します。これではコーナーを安定して曲がることができないですね。
 市販車の場合は1トンもの重量がありますし、それほどエンジンパワーがあるわけではないので、車自体の重さで十分なタイヤのグリップを得ることができるのです。リムジンのような高級車はドッシリとしたその重さで、乗り心地の良さを実現しているわけです。

 ところが速さを追求するF-1では重いということはエンジンパワーの浪費であり、致命傷です。もちろん燃費も悪くなってしまいます。

 そこで考えられたのが、「空気の力を利用しよう」ということです。これまでただ邪魔でしかなかった空気を逆に利用してなんとかマシンを安定させる力に変えることはできないだろうか?そうすればマシン自体の重量を増やすことなくタイヤを地面に押し付けて十分にエンジンのパワーを伝え、そしてコーナーでも安定した走りができるのではないか?
 非常に斬新な考え方ですね。

 そこでまず注目されたのが翼〜「ウィング」です。
 飛行機はこの翼の発生する揚力によって機体を浮かせて空を飛んでいるのです。

Wing
ウィングの原理

 そもそもウィングとはどういう仕組かというと、側面から見ると、上下の長さが違う滑らかなカーブを描いた形をしています(図の上は飛行機の翼、下がF-1のウィング)。
 で、高速でこの構造体が空気の中を進んでいくと当然この上面と下面に空気が流れていくわけです。で、この上面と下面では通路(カーブ)の長さが違うわけです(上の図では上面のほうが長いですね)。

 でも空気というのは不思議なもので(別に空気に限った話ではないんですが)、...う〜んとぉ、簡単に言うと今のそのものの状態をずっと保とうする性質があります。ですから、このウィングを通る前と通った後で状態が変わらないよう遠回りになる通路を通る側の空気は近道になる通路よりも速く流れてウィングの後端で近道側の空気と合流しようとします。すると速く流れる側の空気の圧力が下がって「負圧」というものが発生します。つまり一種の真空状態みたいになるわけです。
 でもまたまた不思議なもので、この圧力の差というのも力学の神様にとってはご不満のようで、負圧側の圧力を上げようとしてその方向へ構造体を押す力が発生するのです。
 まあ、この辺はかなり専門的な力学の話になってくるので、そんなもんかぁ、と理解してくださいね(僕もよく分かってませんし...インチキーッ! (-_-ゞ)。

 まあつまるところ、飛行機の翼というのは上面の通路を長くして上面に負圧を発生させて上への力=揚力を得ているわけです。

Ferrari312
フェラーリ312のウィング

 じゃあこれを上下逆に取り付けて、下面の通路を長い構造にしてしまえば逆揚力=ダウンフォースが発生するのではないか?....そう、その通り、大正解でした。
 スポーツカーの世界では'67年にチャパラルが既にウィングを装着して大成功していましたが、F-1で初めてウィングを取り付けてきたのは翌'68年のフェラーリでした(写真)。

 ウィングを取り付けたマシンの走りは安定しており、コーナーで非常に速かったので、またたく間にウィングは全てのチームへ伝染していきました。
(詳しいことはU-N-C-H-I-K-Uのバックナンバーをご覧になってくださいね)

 このウィングが導入された頃から空力への関心が高まり、だんだんと高度で専門的な研究がされるようになっていったわけです。

FW19
現代F-1のウィング
('97年のウィリアムズFW19)

 もちろん今のF-1にもウィングはついています。
 フロントのノーズの下にぶら下がっているのがフロントウィング、マシンの後部にくっついてるブラインドみたいなでっかい板がリアウィングです。あれでダウンフォースを得ているわけですね。

Summaries of this issue

  1. ものすごいスピードでぶち当たる空気をいかに扱うかがF-1空気力学のテーマである。

  2. 空気抵抗を減らすということも勿論大事なことではあるが、それ以上にF-1では走行安定性のために空気を利用して「ダウンフォース」を得ることが空力の重要なテーマとなっている。

  3. ウィングとは上下の空気の圧力の差を利用して揚力/逆揚力を発生させる装置である。

  4. 現在のF-1でもフロントとリアにウィングを取り付けている。


 こんなところですか。

 空力というのはまだまだ奥が深くて、まだまだ説明しなくてはならないことがあります。...ということで次回は、より突っ込んだ空力の解説をしていきます。

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