Extra Volume: Talk about '98 season
(written on 4th.Nov.1998)

 今回は'98年度チャンピオンがハッキネンに決定したことに関して、全く私的な感想などを書いちゃおうかな〜なんて思います。めちゃくちゃ長い文なのですが、ごくごく気楽に呼んで下さ〜い♪


 11月1日の日本GPの決勝を以て、'98年のミカ・ハッキネンのドライバーズ、マクラーレン・メルセデスのコンストラクターズという両チャンピオンが決定した(ちなみにその頃僕は自分の発表もない研究室の合宿で、人の発表を聞きながら爆睡中(自爆 (-_-ゞ))。
 結果的に、シーズン前半に予想されていた通りの結果になったが、その道のりは予想とは大きく異なり、非常に厳しいものになった。

 開幕戦、全くマクラーレンのペースについていくことができず、序盤でエンジンブローを起こしてリタイヤしたミハエル・シューマッハが、異次元の速さを見せつけたハッキネンを、まさかあそこまで追い詰めることになろうとは。
 やはりF-1である。どんな作り話よりも現実のF-1はドラマチックであり、そして、奇跡的なのだ。


 ミカ・ハッキネンがF-1にデビューしたのは、散々報道されている通り、'91年、ロータス・ジャッドからだった。その頃は、まだ僕もF-1を見始めてからあまり日が経っていなかった頃である(ん?なのに何故'60年代のF-1について語っているのだ? (-_-ゞ)。

 ロータスは当時創設以来最低の状況にあった。スポンサーはほとんどいなくて、真っ白なマシンだった。しかし、ミカは予選中、ストレートでステアリングが外れると言う恐ろしい体験をしながらも、予選で11位を獲得してみせたのだ。
 しかし、そんな順位よりも、ピットでのハッキネンの行動が僕には衝撃だった。コクピットに座ったハッキネンは腕で空を切りながらコースを頭の中でシュミレートしていたのである。その姿に僕は、あくまでも「速さ」を追求する「レーサー」の姿を感じた。

 ラウダやプロスト、シューマッハなどのように、勝負に対する「強さ」で君臨するドライバーを否定しないが、やはり僕がドライバーとして惹かれるのは「速さ」を追求する者である。近年ではロニー・ピーターソンや、ジル・ヴィルヌーブ、そしてアイルトン・セナが挙げられよう。
 そしてハッキネンもまた、「速さ」をひたむきに追求するドライバーであった。


 ロータスは翌'92年に107というコンパクトなマシンを開発し、フォードHBの性能と相まって、ハッキネンが入賞圏内をコンスタントに走れる力を発揮した。しかし、ハッキネンは「107はコンパクトでまとまっているようだったが、中身はメチャクチャだ」というコメントとともに、実戦を走れるかどうかもわからないマクラーレンに移籍する。しかも、ホンダを失ったばかりの。
 結果的にロータスを出たのは大正解となるのだが、やはりハッキネンは'93年のレースのほとんどを走れなかった。同時に、マクラーレンはロン・デニス体制になって以来の大スランプに陥っていくのである。結果を出せないいら立ちの中、いつしかハッキネンのピットでの儀式も見られなくなっていった。

 今年、ハッキネンは圧倒的な速さを以て9回ものポールポジションを量産し、5回ものポール・トゥ・ウィンを決めてみせた。辛酸をなめるところばかりを見てきた僕にとっても、このチャンピオン獲得は非常に嬉しいことだった。しかし、やはりピットでコースをシュミレートする姿はなかった。
 まあ、別にそんな大袈裟なことをしているのはまだまだプロになりきれていなかったからなのかもしれない。そんな儀式をしてるくらいなら、テレメトリーで自分の走りを見た方がいいに決まっている。
 しかしだ!こうして見事にチャンピオンを獲得して、頂点を極めたハッキネン。来年からはディフェンディングチャンピオンとして追われる立場となるのである。そんな立場となって、彼は飽くなき「速さ」への探究を忘れやしないだろうか?


 '80年代後半、セナ・プロスト・ピケ・マンセルは四人衆として並び称され、結果的に全員がチャンピオンになっている。彼等が皆同等に扱われたのは、四者四様のレースに対する取り組み方があり、走りに対するこだわりがあったからである。

 果たして'90年代、より煮詰まって高度になったF-1において、もっとも理想的なドライバーは完璧たるミハエル・シューマッハのようなドライバーである。チャンピオンを獲得した今も、ハッキネンの評価はシューマッハに劣っていると言わざるを得ないであろう。
 しかし、これでハッキネンが来年以降、現代F-1の理想系たるシューマッハのような強さを発揮したところで、シューマッハと並び、もしくはそれ以上の評価を得られるであろうか?否である。既に圧倒的な強さで2回連続のチャンピオンを最年少で獲得したシューマッハを超えるのは同じレースをしている限り不可能なのである。

 ならば、ハッキネンが偉大なチャンピオンになるためには、シューマッハと同じレースをしてはいけないのである。だからこそ、僕は彼に思い出してほしい。マシンに座り、ひたすらコースのことだけを考えていた頃を。あくまで「速さ」を追求していたデビュー当時のことを。
 甘いだろうか?ああ、そう言うがいい。しかし、僕はハッキネンに圧倒的な『速さ』を追求した偉大なチャンピオンになって欲しいのだ。もう、毎年毎年、「優秀なマシンに乗った『並』のドライバー対『F-1マイスター』シューマッハ」などという報道を聞かされるのはまっぴらなのである。

 来年以降に期待しているよ!ハッキネン。


 さてさて、ハッキネンに対するメッセージが終わったところで、やっぱ僕がこんな話をするからには、技術的な話もしなくっちゃね〜♪

 ミカのチャンピオンを助けたのは紛れもなく、マクラーレンとメルセデスの技術陣が送りだしたマシン、MP4/13の力があり、シューマッハの猛追の裏には、フェラーリのスタッフが一丸となって開発したF300の後押しがあったと言えるだろう。

 MP4/13の強さに関しては、バックグラウンドにまで遡って話をしなければならない。昨年までF-1界最強を誇ったのは、紛れもなくウィリアムズチームのFW14系のマシン群であった。
 FW14から19まで続く一連のマシンは、アドリアン・ニューウィーによる先鋭的な空力と、パトリック・ヘッドの長い経験に基づいたしっかりとしたメカニカルパートとが連結した、先進と保守とが見事にマッチしたものであった。ウィリアムズが最強を誇ったのは、なるべくしてなった事実であったのだ。

 しかし'98年、F-1は過去最大と言われるレギュレーションの変更を迎えた。全幅の20cmもの縮小、長年続いたスリックタイヤの歴史に終止符を打つグルーブドタイヤの導入、大幅に厳しくなった安全性に関する規則。
 これらは、これまで蓄積されたデータを無意味にするほどの力を持っていた。全幅の削減によってマシンの挙動は大きく変化し、グルーブドタイヤによってグリップレベルも大きく減少した。さらには、厳しくなった安全規制をクリアするには、これまでのレイアウトでは様々な弊害が待っていたのである。


 FW14系で大成功をおさめていたウィリアムズは、その発展型でシーズンを迎えた。しかし、ニューマシンFW20は新レギュレーション下で大きくバランスを崩していたことを露呈した。マシン設計の要であったアドリアン・ニューウィーの脱退もあり、ウィリアムズはいきなり二線級のマシンに転がり落ちた。ウィリアムズは自分達の過去の実績を過信し過ぎ、新レギュレーションに対する読みが甘くなってしまったと言わざるを得ない。

 一方、マクラーレンやフェラーリは98規定に向けて、完全に「攻め」の姿勢を貫いたと言える。
 両者に共通するのは、手法こそ異なれ徹底的な低重心の追求と、新たな安全規制によって苦しくなったフロントサスペンションに関する新しいレイアウト...トーションバースプリングを進行方向と平行に置き、プッシュロッドの剛性を高めた手法は全く同じであった...など、とにかく、98規定に最適化したマシン作りをしようという気概が見て取れる。


 しかし、より攻めたマシン作りをしてきたのはマクラーレンである。マクラーレンは昨年、ウィリアムズFW14系を作った空力の天才、アドリアン・ニューウィーを獲得し、非常に話題なったが、実はMP4/13の優れた性能を支えたのは空力以外の部分だと言って良いだろう。

 このオフ、マクラーレンは最後までニューマシンを出さず、旧MP4/12で、新たに契約したブリヂストンタイヤを徹底的にテストした。「ニューマシンの開発が遅れているのでは」という噂も流れたが、マクラーレンは意図的にニューマシンの登場を遅らせていたのだと考えられる。
 マクラーレンは98規定では、マシンの性能は、いかにタイヤに最適化したシャシーを作るかにある、と考えたのである。そのために最後までブリヂストンタイヤの特性を探ることに時間を割いたのである。

 結果、マクラーレンは新規定下では従来よりもフロントよりに荷重をかけてフロントタイヤに仕事をさせることで、より「曲がるマシン」に仕上げようと考えたのである。その結果、マシンの後半部分を非常に軽量化すると共に、ホイールベース(前後輪間の距離)を異常な程拡大し、フロントへの荷重を大きくすることに成功したのである。これには、F-1界随一と言われる程軽いメルセデスエンジンが一役かったことは言うまでもあるまい。

 一般的にホイールベースが長くなるとマシンは安定するが鈍感になり、曲がらないマシンになると言われている。しかし、一般車と比べてあまりにもタイヤのグリップレベルの違うF-1においては、ハッキリ言ってホイールベースとトレッドとの黄金比などは存在しないと言って良いことを、今期のマクラーレンは力づくで証明してしまったのである。


 また、空力に関しても独自のアプローチが見られる。フェラーリが非常に先鋭化した空力によって最大ダウンフォースの獲得を目指したのに対し、マクラーレンは安定したダウンフォースの獲得を目指した。
 フェラーリのような細々とした空力パーツによる空気の細かなコントロールはせず(個人的に、細々としたパーツは嫌〜い (^^;。)、マシン全体が美しい曲線によって構成されている。
 また、ノーズを無理に高い位置に上げようとはせず、むしろ低重心化および、有効なスペース活用のためにF-1界一と言っていいほど低く設定している。

 さらには、タイロッド(ステアリングによってフロントタイヤを右左に曲げるアーム)にも新たな試みが見られる。従来は少しでもアームによる空気抵抗を低減するために、タイロッドはアッパーアームと同じ高さに設定されていて、最近では半ばF-1界の常識と化していた。しかし、これはフロント周りのレイアウトに大きな制約を加えると同時に、新規定下では様々な弊害が生じていたのだ。
 しかしマクラーレンMP4/13は、このタイロッドをアッパーアームとロワーアームのまん中の高さに設定し、アッパーアームから独立させたのである。これによって、MP4/13は新規定でステアリングアームが短くなり、ステアリングが重くなっていたのを改善するとともに、理想的なフロントサスペンションジオメトリーを獲得し、さらにはブレーキダクトの効率の改善まで計る事ができたのだ。("U-N-C-H-I-K-U Lite"第18回参照)


 また、なによりも参戦2年目のブリヂストンの努力を無視することはできまい。ブリヂストンは98規定に対し、早くからフロントタイヤを太くして、溝がつくことによるグリップ不足を解消しようとした。
 フロントタイヤを太くすることはマシンの空力性能に大きな影響を与えるため、これはシャシーを作る側からすれば大変更を迫られる決定である。当然チーム側からは大反対される。しかしながら、ブリヂストンは根気強くチームを説得した。
 そして深まったマクラーレンとブリヂストンの密接なパートナーシップは、シャシーとタイヤを一体とした開発すら可能としたのである。

 以上がマクラーレンの序盤の独走を助けたMP4/13の概要である。マクラーレンはこれらの高度で巧みなマシンを既に開幕の時点で完成させていたというわけである。


 一方のフェラーリのF300もシーズン前から非常に精力的に開発されていた。徹底した低重心化は的を射たものだったし、ドライバビリティの増したV10エンジンもメルセデス程ではないが、トップレベルであることは間違いがなかった。
 しかし、マクラーレンは一歩先を見ていた。

 ところがところが、今年のフェラーリ、そしてグッドイヤーの金のかけ方はハンパじゃなかった!とにかく毎戦毎戦持ち込まれるニューパーツ。一戦として同じ姿だったことはないと言える程、猛烈なスピードで開発が進んだ。
 まず、いち早くブリヂストンに追従したグッドイヤーのワイドタイヤ。ダウンフォース不足を解消するXウィング。空力の安定と、エンジンの高回転化、さらにはリアのスペースの有効活用を狙った革新的な上面排気、幾度にもわたるフロントウィングの改良、ウィングレットの形状の改良、そして重量配分の最適化を狙ったロングホイールベース仕様...と、外観だけでもおびただしい程の改良が施されていったのである。

 よく今年のチャンピオンシップの対決に関して「絶対的なマシンの性能を味方にしたハッキネンに対して、腕と作戦でシューマッハが対抗、などという言われ方がされたが、それはあながち嘘でもないが、真実ではない。
 なぜなら、シューマッハの猛追撃の裏にはスタッフ一丸となったフェラーリF300とグッドイヤータイヤの開発があったからであり、間違いなくマシンの性能もマクラーレンに急迫していった。彼らの努力を無視して、シューマッハの腕と戦略に全て帰着させるのは、彼らスタッフに対して失礼である(同時に、いくつかの素晴らしいレースを見せたハッキネンに対しても)。


 このように、今年のチャンピオンシップはマシンとドライバーにタイヤ、チームワークなど、全ての要素が絡み合って総合的な戦力のぶつかりあったものであったことがわかる。その中で、オーストリアGPや日本GPなど、非常に緊迫したレースを見れたことは嬉しいことであった。

 さあ、来年である。来年はタイヤという要素に関してはどのチームも同一条件になってしまうのは楽しみを少なくすることになってしまうのであるが、今年最高のマシンを作ったマクラーレンはどんなマシンを作ってくるのか、シーズン中にとんでもない進化を遂げたフェラーリは?
 そして、なにより、ハッキネンがあくまで『速さ』を追求してくれるのであろうか?僕はゼッケン1がポールポジションを独占する姿を、そしてゼッケン3の赤いマシンと再び緊迫した接近戦を演じてくれることを信じている。

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