Vol.15 : Limit of Ventury-car
(written on 26.Sep.1997, corrected on 04.Oct.1998)
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 広大なベンチュリー空間(*注1)を確保し、前後のウィング(*注1)もつけずに登場したコーリン・チャップマンのロータス80。素晴しい直線スピードとコーナーリングスピードの両立を実現するはずだったこのマシン。

ロータス80
 しかし、テスト走行で走り始めた80は非常に不安定で、異常な振動が発生し、全く使い物にならないことがすぐに判明します。
 写真の80はフロントウィングはついていますが、リアはウィングというよりは"トリムタブ"(第14回参照)と言ったほうが良い低い位置に取り付けられているのがわかるでしょう。
 同様に前後のウィングを廃した「ベンチュリーカー第二世代」を狙ったゴードン・マーレイのブラバムBT48やトニー・サウスゲートのアロウズA2も同じ様な現象に悩まされます。
 そして結局これらのマシンは実戦には従来通りの高さのリアウィングを取り付けて登場することになります。つまり、「ウィングを無くす」という当初の目的から完全に外れてしまうことになってしまったのです。

 いったいこれらのマシンに何が起こっていたのか?

 確かにこれらのマシンのベンチュリーはデザイナーの目論見通り、巨大なダウンフォースを発生してはいました。ところが、この巨大なベンチュリーは姿勢変化に非常に弱かった。ブレーキング時に前のめりになったり、加速時にリアが沈み込んだりする度にベンチュリーのダウンフォースの発生点が前後に大きく変動してしまったのです。これによりますますマシンの挙動は不安定になってしまうという悪循環に陥り、波動的なピッチング(縦揺れ)を発生してしまっていたのです。これを「ポーパシング」と呼びます。

 ベンチュリーはウィングに比べて抵抗も少なく、発生するダウンフォースの量も大きいため、非常に可能性を感じさせる技術ではありました。しかし、ベンチュリーもいいことばかりでもなかったということですね。

 巨大なベンチュリーを組み込んだ「第二世代」達はたしかに大きなダウンフォースを得ていたし、風洞実験の段階ではかつてない素晴しい性能のマシンになるはずでした。
 しかし実際のマシンは加減速をし、コースの凹凸を乗りこえ、他のマシンと戦わなければならない。全く変化のない状況を走るレースなどあるわけがありませんね。レーシングカーというのは絶対的な性能もさることながら、その場その場でのフレキシブル性というものも非常に重要視されるのです。

 その点で、ウィングは角度を調節したりすることでダウンフォースの発生量を変えることができるわけです。しかし、最初からマシンのサイドポンツーン(*注2)として固定されてしまっているベンチュリーではそれはできないわけです。つまり、最初から持っていた性格で全てが決定されてしまうのです。
 実は第一世代の段階でもポーパシングの問題は存在していました。しかし、ダウンフォースの発生点をウィングで調整することでそれを抑え込んでいたので、大きな問題になることはなかったのです。
 ところが第二世代たちはそのウィングすらも取り外してしまった。ここでポーパシングが大問題となって彼らの前に立ちはだかることになってしまったわけです。

 こうして再び元通りのウィングを取り付けざるを得なくなった「第二世代」達はその時点で「第二世代」ではなくなり、あっという間に駆逐されてしまうことになってしまったのです。

 特に、他の部分の性能すらもかなり犠牲にして、ベンチュリーの性能を思いっきり踏み込んで追求してしまったロータスは悲惨でした。前後のウィングを取り付けてしてしまった時点でロータス80はただ単に「でかくなって運動性能の落ちてしまったロータス79」に成り下がっていたわけですから。結局ロータスチームは、数戦に出場させた時点で80の開発を早期に諦め、旧型の79で'79年シーズンの大半を戦う羽目になってしまいました。
 結局ロータスは皮肉にも自分自身が起こした革命に足を掬われる形でチャンピオンの座から転げ落ちることになったのです。


ブラバムBT48
 ブラバムのBT48はまだマシなほうだったようで、リヤウィングを取り付けざるを得なかったものの、そのベンチュリーはある程度十分でバランスのよいダウンフォースを発生していたようで、多くのレースでフロントウィングをつけずに出走していました。
 写真を見ると、リアウィングは高くなってしまったが、確かにフロントウィングがついていないのがわかります。


アロウズA2

 アロウズのA2もフロントウィングを全く取り付けることはありませんでしたが、こちらは最初からフロントウィングを取り付けることを想定していなかったためだと思ったほうがいいかもしれません。ノーズの先端は砲弾のように極端に短くなっていたからです。
 写真を見るとマシン全体が一枚の翼のように見立てられているのがよくわかりますね。
 さらにA2は、空気抵抗を少なくし、またフラップの役目もつけようと、フロントサスペンションのアームには巨大なフェアリングが被せられていました。こうした徹底した空力追求の結果、カウル(*注3)は非常に複雑で、重くなり、かなり最低重量規定を上回っていたそうです。さらに、それは整備性の不良にもつながっていました。なにしろ全てのカウルを取り外すためには数十分を要したといいます。これでは絶対的性能が仮に高くても、実際のレースで速く走るための整備がまともにできないことは明白ですね。アロウズの場合は、ポーパシング以外の問題も抱えていたと言っていいかもしれません。
 で、ポーパシングは第二世代が消えてしまった後もベンチュリー・カー開発の大きなポイントになっていきます。いかにポーパシングを抑え、バランスの良い位置にダウンフォース発生のポイントを置くかが、ベンチュリー・カーの成否にそのままつながったわけです。

 また、ポーパシング対策のために大きな弊害が生まれることとなりました。

 「姿勢変化がポーパシングを引き起こすのなら、姿勢変化をなくしてしまえばいい!!」...こうしてこれまで路面の凹凸などをしなやかに吸収していたサスペンションは(それでも市販車に比べればガチガチに硬かったのですが)本来の働きを急速に失って、ガチガチに硬くなっていってしまうことになります。
 つまり路面の凹凸はサスペンションで吸収されることなく、ほぼ直接ドライバーに伝わることになったわけです。これが多くのドライバーのドライバー寿命を縮めることになったのだとも言われています。

 さて、ロータスら第二世代達はウィングを取り付けられた後も結局この'79シーズンに一勝も上げることなく終わります。ロータスにかわってチャンピオンの座にについたのは、「なんと」フェラーリでした。

 「なんと」というのはなぜかというと、フェラーリは幅が広く、サイドポンツーンにベンチュリー・カーには圧倒的に不利であるフラット12エンジンを依然として使っていたからです(ブラバムなどはさっさとフラットエンジンに見切りをつけ、急遽アルファロメオにV12エンジンを開発させたくらいだったのです)。にも関わらずフェラーリは圧倒的な強さでこのシーズンを席巻してしまったのでした。

*注1:


ウィングの周りの空気の流れ


ベンチュリーの原理

 ウィングはその上面と下面に空気が流れ、飛行機の場合は上面、F-1の場合は下面の空気の流速を上げて負圧を作り、その方向に向けた力(揚力/ダウンフォース)を発生させるものである。

 それに対し、ベンチュリーは凸状の構造物が向かい合ったもので、その間を空気が通り抜けることで流速が上がり、そこに負圧が発生するものであり、ベンチュリー・カーの場合はその片方の凸状構造は路面になっているわけである(この場合、地面とマシンの間に力が発生するのでその力をグランドエフェクトとも呼ぶ)。

 ベンチュリーの場合は負圧になる部分のみが存在すれば良く、ウィングのように上面/下面の空気を考慮する必要がない。

*注2:

 サイドポンツーンとは車体側面の箱のような部分のことであり、現在ではラジエターや、車載コンピュータなどを収め、側面衝突時の衝撃吸収の役目もある。もともとポンツーンとは水上飛行機のフロートのことを指す。

*注3:

 カウルとはボディの覆いのことであり、空気抵抗を少なくするために滑らかに空力処理を施してある。

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