Vol.8: Semi-Automatic Transmission
(written on 28th.Feb.1998)
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 さて、前回はトランスミッションの基本と歴史についてでしたが、今回は少しは最新のトレンドに近付き、セミオートマチックトランスミッションについて取り上げます。

 セミオートマの説明の前にまず、セミオートマ以前のトランスミッションの動作について考えてましょう。
 セミオートマ以前のマニュアルトランスミッションでは一般車のマニュアル車と同じように、

  1. まず、ギヤにエンジンからの動力が伝わったままでは、ギヤのチェンジができないので、エンジンとギヤボックスの動力を繋いでいるクラッチを、クラッチペダルを踏んで切る。

  2. クラッチペダルを踏んでいる間にコクピット内、右側(日本車の場合は左になりますが)にあるレバーをドライバーが操作し、この動きを「シフトリンケージ」と呼ばれるワイヤー、ないしロッドで機械的にトランスミッションに伝え、ギヤチェンジをする。(この時、当然右腕はステアリング(ハンドル)から手を放してギヤチェンジをしなくてはなりません。)
     つまり、ドライバーがレバーを動かした動きがそのまま直接、ギヤを入れ替える動きになるわけです。

  3. そして、ギヤとエンジンの回転数を合わせて(このギヤ側の回転数がエンジンに比べて極端に少ないと、エンストしてしまう)クラッチを再び繋ぐ。

 ここまでが一般に言われるマニュアルトランスミッションの「ギヤチェンジ」の操作です。

 このように、マニュアルトランスミッションでは、ギヤチェンジのタイミングの決定は完全にドライバーの裁量であり、非常にセンスを要求される動作でした。そしてまた、タイミングを過ってエンジンを回し過ぎるとオーバーレブ(過剰回転)となってエンジンを壊してしまう危険性もあったのです。

 実際、教習所で「半クラッチ」で非常に苦労された方も多いでしょう (^^;?ギヤチェンジは非常に難しいものです。

manual
マニュアルトランスミッションの構造

Stearing
セミオートマのシフトスイッチ

 ところがセミオートマを搭載するマシンに乗るドライバーは、ステアリング(ハンドル)を両手で握ったまま、ステアリングの後ろに取り付けられた小さなレバーをちょこんと指で押しただけで上と同じ「ギヤチェンジ」の操作を終えてしまうのです。

 つまり、セミオートマでは、指で押すという操作(例えば右のレバーを押せばシフトアップ、左のレバーを押せばシフトダウントいうように。この操作方法はチームによってまちまちです。)を電気信号として取り出し、コンピュータを介して油圧のアクチュエーターがギヤを変えるという仕組みになっています。

 クラッチも、スタート以外では全てコンピュータが操作してくれるため、ドライバーはクラッチ操作もいりません。

 つまり、ドライバーとトランスミッションの間に、電子とコンピュータが介在するところ、そしてクラッチ操作がないことがマニュアルと大きく違うわけです。

 それで何が嬉しいかということを箇条書きにしてみます。

  • 人間の腕ではなく、アクチュエータがギヤチェンジを行うため、素早いシフトアップ/ダウンができるため、クラッチを切っている時間が減り、エンジンの動力の無駄を極力減らすことができる。

    #F-1の場合、これが一番の狙いだと言えます。

  • コンピュータがギヤ側とエンジン側の回転数を計算し、エンジンが壊れる(オーバーレブする)ようなタイミングでギヤチェンジを行わないようにするため、エンジンの寿命が延びる。

    #'93年を以てアクティブサスや、ドライビングのアシストとなる、トラクションコントロールやABSなどのハイテクデバイスが数多く禁止された時、ドライビングの大きなアシストとなるセミオートマが禁止されなかったのは、エンジンの寿命が延びて経費の削減になるからだともいわれています。

  • マニュアルシフトで7速以上にすると、シフトコラムが左のようなものになってしまい、上側に4つもギヤがあるため、操作が非常に煩雑になり、ギヤチェンジ時のミスが爆発的に増えるが、基本的に「シフトアップ」、「シフトダウン」の操作しかないセミオートマならば7速も可能になる。

    #'89年からの自然吸気時代に向けて、ピーキーなV12エンジンを投入予定だったフェラーリが特にセミオートマ投入を急いだのはこの理由も大きかったのです。

  • ステアリングから手を放すことなく、両手で握ったまま小さなレバーでギヤチェンジを操作することができるうえ、クラッチ操作もないので、ドライバーの負担が減る。

  • また、そのおかげでドライバーが一番忙しいといわれるスタート時に的確なギヤチェンジと、自由度の高いハンドリングでロケットスタートができる。

    #フェラーリが初めてセミオートマを投入したレース、'89年のブラジルGPで3番グリッドだったベルガーがロケットスタートして、ポールのセナと1コーナーで絡んだのが非常に象徴的でした。

  • コンピュータが介在しているので、あらかじめ、あるコーナーでの操作に合わせて5速 => 2速のような操作をボタン一つで自動で行う「プログラムシフト」が可能。

 以上のように非常に多くの利点があると言えます。

 市販車のオートマチックトランスミッションとの違いは、市販車がドライバーの負担を減らすことにあるのに対し、レースマシンのそれはかなりの部分が性能の向上が狙いであることが大きな違いです。
 市販車のオートマはクラッチがないかわりに「トルクコンバータ」という部品が使われていますが、これは非常にエンジンのパワーを無駄にするものなのです。オートマの車がマニュアルよりも燃費が悪いのはこのトルコンのせいです。
 そしてこれはレースにおいては致命的な性能低下になることはおわかりになるでしょう。
 また、F-1ではレギュレーションでフルオートマは禁止されています。

Ferrari640
フェラーリ640

 セミオートマはF-1では'89年にフェラーリが持ち込んだ640が最初でした。その特徴的なボディのデザインとともに、このセミオートマは大きな注目を集め、また、ジョン・バーナードの一連の作品の中でももっとも革命的なマシンだと言われています。

Ferrari640
フェラーリ640の
セミオートマトランスミッションの構造

 この時のフェラーリのトランスミッションは言ってみればマニュアルシフトでの手の動きをそのまま機械のアクチュエータで置き換えたような方式でした。要するに、非常に複雑で、部品点数が多く、故障も多い方式であったと思えば良いです。
 実際、フェラーリ640はリタイヤが多く、この'89年、フェラーリはコンストラクターズの3位に終わっています。

 しかし、'91年にウィリアムズがFW14で投入したセミオートマはつま先でシフトアップ、シフトダウンの操作をする、オートバイのようなシーケンシャルギヤを導入しました。
 これならば、フェラーリよりもはるかにシンプルな構造で、アクチュエータの数も減らすことができ、これ以降はシーケンシャル方式が一般になりました。

sequencial
シーケンシャルセミオートマトランスミッションの構造

 '92年にマクラーレンが投入したMP4/7Aのセミオートマはさらに進んだものでした。いわゆる「フライ・バイ・ワイヤ」もしくは「ドライブ・バイ・ワイヤ」と言われているものです。
 この詳しい説明に関しては次号に譲ることにしましょう。

Summaries of this issue

  1. マニュアルでのギヤチェンジはセンスの要求される、非常に難しい何段階にもわたる操作であるが、セミオートマならば小さなレバーの操作ひとつで済んでしまう。

  2. 乗り心地の向上が狙いである市販車と違い、F-1のセミオートマの一番の狙いは油圧のアクチュエータによる高速度のギヤチェンジによる効率的なエンジンパワーの利用による性能の向上にある。

  3. コンピュータの介在によって、様々な付加的なメリットがある。

  4. F-1でのセミ・オートマの元祖は'89年のフェラーリ640だが、非常に複雑なシステムで、信頼性が低かった。

  5. '91年にウィリアムズが投入したセミ・オートマはバイクと同じシーケンシャル方式を導入し、シンプルで信頼性の高いシステムを作り上げ、以降のスタンダードとなった。


 こんなところでしょうか?

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