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2000 Round.11
German
30th.Jul.2000

Germany
Hochenheim
Hockenheim



1.ドイツGPコースレビュー&ヒストリー

* * * ホッケンハイムリンク * * *

 このドイツGPの舞台ホッケンハイムの特徴、それは「超高速」。これに尽きる。
 深い森の中に1kmを越えるストレートが4本。当然ここでは純粋なエンジンパワー競争となる。ここに「ジム・クラーク」「オスト」「アイルトン・セナ」という名の3つのシケインがある。これらシケインの飛び込みでは最高速からのフルブレーキング競争が発生する。ドライバーのテクニック、そして勇気が試される。
 しかし、その4つ目のストレートが終わって森を抜けると、風景は一変する。12万人を収容するスタンドに囲まれたテクニカルなスタジアムセクションだ。ストレートスピードを稼ぐべく、ダウンフォースを最小限に抑えたマシンには酷な、小さなコーナーが組み合わされている。ここを走らせるのは完全にドライバーのテクニックだ。


* * * ジミーの眠るホッケンハイムの森 * * *

 これまで、多くの波瀾と感動のあったホッケンハイムだが、それらのエピソードは来年以降に譲ろう (^^;。今回は是非、天才ジム・クラークについて書きたい。

 ホッケンハイムの第一シケインは「ジム・クラーク」の名が冠せられている。そう、このホッケンハイムこそ、不世出と言われるあの天才ドライバーを飲み込んでしまった悪魔の森なのだ。
 ジム・クラークの名は、F-1ファンならば誰もが一度は聞いたことのある存在であろう。だが、その神話は決して本来のインパクトをもって彼らに伝えられていない。それほど、彼の死から刻は流れてしまった。
 72戦25勝33ポール。恐ろしいまでの勝率、ポール獲得率である。そして、彼が獲得したチャンピオン回数は2。しかし、その存在にとってこれらの記録は余りに少ない数字だったと言える。それほど、彼の存在は際立った存在で、誰として彼にはかなわなかった。彼はどんなマシンやコースでも、すぐにその状況を感覚的に把握し、他のどんな経験のあるドライバーよりも速く走ってしまったのだ。
 「F-1史上最高のドライバー」。そんな声も未だに根強い。

 彼はF-1での全てのレースをロータスで挑んでいる。数々の技術的革命を起こしたロータス。フェラーリと並んでF-1の歴史に名を刻む名チームだ。クラークはそのロータスの代名詞だった。
 技術的にも革命的と言われたロータスのマシン群。ブリティッシュ・グリーンに黄色のラインの入ったこれらのマシンは非常にシンプルかつ美しかったが、決して、常に信頼性に恵まれていたわけではない。だがとにかく、これらにクラークが乗り込んだ瞬間、彼らは他と別次元だった。
 これを象徴するのが'67年のイタリアGP。ロータス49に乗るクラークは、トラブルによるピットインで一旦は周回遅れになりながら、凄まじい走りでごぼう抜きを敢行し、再びトップに立ってしまったのだ。
 物静かな普段の彼からは想像もつかないような壮絶なこのレースは、彼のベストレースとの声も多い(しかし、結局再度のトラブルでリタイヤし、ホンダのジョン・サーティースが劇的な優勝を果たしている)。

 この'67年デビューのロータス49は、F-1史上最高のエンジンDFVと共にデビューし、 後年になって不朽の名作と言われるようになるマシンだが、初年度は、素晴らしい速さを誇りながらトラブルも非常に多かった。
 だが、'68年に向けて49の完成度も上がり、1月1日に開催された開幕戦南アフリカでクラークは圧倒的な勝利を飾った。誰しもがクラークの圧倒的チャンピオンを予感したのだった。

 しかし。

 第2戦までの長いインターバルの間の4月7日に行われたホッケンハイムでのF-2レース。深い森は暗い雲に覆われ、雨に煙っていた。
 このレースに、やはりロータスで参加していたクラークは、突然の不可解なトラブル(タイヤトラブルだと言われている)に襲われる。バイブレーションする彼のマシンはコントロールを失って森に吸い込まれて行き、そして、帰って来ることはなかった。


 生涯、ほとんどクラッシュすることなく、トラブルが発生したマシンでも天才的コントロールで事故を回避してきたクラーク。そんな彼が大して重要度も高くないF-2のレースで命を落としてしまった...。この事実は他のドライバーにとっては大きな衝撃だったという。「あのジミーですら、事故でこんなにもあっけなく命を落としてしまうのか」と。
 だが、それ以上に衝撃を受けたのは紛れもなく、ロータスチームの総帥コーリン・チャップマンだったろう。実際、ロータスのレース活動休止もあり得るほど、失意の底につき落とされたのだ。

 しかし、そのクラークの事故の処理の段階から、チームの先頭に立って指揮をとって引っ張って行ったのが、この年に移籍してきたグラハム・ヒルだった。
 クラークの死直後の第2戦スペインGP、彼はロータス49で優勝を飾る。続くモナコでも見事連勝したことは、失意のチャップマンを奮い立たせ、チームの士気を再び高めるのに十分であった。そしてヒルはこの年、二度目のチャンピオンに輝くのである。

 奇しくもこのスペインGPは、ロータスがプレイヤーズタバコとスポンサー契約を結び、F-1にコマーシャリズムを初めて持ち込んだレースであった。マシンは、それまでのナショナルカラーに替わって、金と赤のスポンサーカラーに塗られた。(この契約は、ロータスがレース活動を休止できなかったもう一つの原因でもある)
 そしてまた、この年の第5戦にはフェラーリがウィングを持ち込み、空力ダウンフォースという概念がF-1に持ち込まれている。
 まるで...『コマーシャリズム』と『空力』という、近代F-1を象徴する二つの要素が導入されるのを嫌うかのように逝ったジム・クラーク。実際F-1はその後、あらゆる意味で激動の時代を迎えることになったのだ。


 彼の死から四半世紀が過ぎようとしている。大きく変革した今のF-1を見て、彼はなんと言うのだろう?
 あれからF-1が得たものは多いが、失ったものもまた、多い。

 そして、ジミーは静かにホッケンハイムに眠る。


2.レース・レビュー

* * * 予選 〜 雨に翻弄されたタイムアタック合戦 * * *

 今回の予選は開始から雨が降りどんどん路面が濡れていくという状況だった。そのため、状況の良いうちにタイムを出すべく、コースオープンと同時にほぼ全車が殺到して大渋滞となった。

 そんな中、前車との間隔を開けて巧みにクリアラップを得たクルサードが2位に1.5秒もの大差をつけるダントツのトップタイムを叩き出してポールポジションを獲得した。同様にタイミング良くアタックしたアロウズのデ・ラ・ロサが5番グリッドを獲得する。
 一方では、こうしたコンディションに抜群に強いはずのバリッケロは序盤でスピンを喫したためにタイムを出せず、なんと18番グリッドに沈んでしまう。

 雨のために、もはや以降のタイムアップは不可能かと思われたこの予選だが、終盤になって少しコンディションが上向いたところで、シューマッハとフィジケラが起死回生のアタックを成功させて2, 3番手に飛び込み、グリッドが確定した。
 前戦復活の優勝を果たしたハッキネンは4番手に留まった。


* * * スタート・前半戦 〜 またしても消えたシューマッハ * * *

 地元であるシューマッハは一度しかここで優勝がない。これまでフェラーリのV10エンジンがどうしても出力不足だったからだ。しかし、今年はフロントローという絶好のポジションを得た。
 ホッケンハイムを埋め尽くした熱狂的なシューマッハのファンが息を飲んでスタートの瞬間を待つ。

 ここで、フォーメーションラップのスタート時にエンジンのかからなかった16番グリッドのバトンは、最後尾スタートに回されることになった。パートナーBMWの地元で、ウィリアムズ勢はここまでいいところがない。


 さあ、スタートだ。



crush


 ポールのクルサードはシューマッハを牽制するべく大きく右に切れ込んだ。それと入れ代わるように絶妙のダッシュを決めたハッキネンは左側に出て一挙にアウトからトップに躍り出た。
 一方のシューマッハはクルサードを避けるべく左側に寄ったが、そこには3番手スタートのフィジケラが加速しようとしていた。
 接触。



 シューマッハとフィジケラはそのまま1コーナーでコースアウト。2戦続けてポイントリーダーがスタート直後にリタイヤするという大波乱となってしまった。

 一方、そのチームメートのバリッケロは燃料を少なめにした2ストップ作戦で大躍進を狙っていた。その狙い通り、彼はオープニングラップで8つもポジションを上げ、10位に上がってきた。
 その後も順調にポジションを上げたバリッケロは15周目にはトゥルーリをパスし、マクラーレン勢に次ぐ3番手にまで進出する。しかし、その段階で2位クルサードとの差は13秒にまで開いており、マクラーレンよりも一回多いピットストップが必要なことを考えても、この差を縮めるのは困難なことだと思われた。

 ホンダのニュースペックを投入したBARのヴィルヌーブも、スタート直後の重い状態でこそマシンの鈍重さに悩まされてポジションを落としたが、ジャガーのアーバインに対し、アイルトン・セナシケインでアウトからブレーキング勝負で見事なパッシングを披露してみせた。素晴らしい高速バトルである。


* * * 中盤戦 〜 侵入者によって動いたレース * * *

 しかし、26周目。信じられない事態が発生する。1コーナー、ノルドを抜けた後のストレートのグリーンゾーンに、マントを羽織った侵入者が現れたのだ。
 彼はメルセデスを解雇された49歳のフランス人で、フランス語でマントに抗議文を書いて羽織っていた。だから彼はマクラーレンの2台が通る時には大きなアクションをしていたのだという。



safety-car


 この侵入者の排除のためにセーフティカーが入ることになり、各車一斉にピットストップに動いた。セーフティカー先導のラップはペースが格段に遅くなるため、ここでピットストップを行えば、圧倒的にロスが少なくなるからだ。



 ところが、マクラーレンの動きが遅い。他チームより1周遅れて入ったハッキネンは、セーフティカーにつまる前に入ったのでロスはなかったが、次の周入ったクルサードはセーフティカーの後ろで半周近く遅いラップをした後にピットに入ったために、なんと6番手に順位を下げてしまった。

 レース後のインタビューでクルサードは「セーフティカーの存在を知らなかったよ」と語っていた。確かにこのホッケンハイムは縦長なコースなうえに、深い森であるために、無線が届きにくいとは言われている。しかしながら、マーシャルやピットサインなど、他にもそれを知る機会はあったろうに、なぜそれに気づかずにこんなロスを喰らうことになってしまったのだろう?
 実に不可解。予選の戦いが素晴らしかっただけに、なおさらである。


 レース再開後、セーフティカーでそれまでの差がリセットされたために、至る所でスリップストリームを利用した接近戦が発生する。皮肉にも、レースを冒涜する行動をした心無い男のおかげで、稀に見る数珠つなぎの白熱戦にレースは移行していた。各車、ルーティンのピットを終え、イコールコンディションでのスプリントレースだ。
 しかし、それは同時に危険性も孕んでいるということであった。再開した翌周のアイルトン・セナシケインでディニスとアレジが接触し、タイヤが散らばる派手なクラッシュが発生してしまった。
 これで再びセーフティカーが入ることになった。

 再スタート直後のホームストレート、今度はブルツがグリーンにタイヤを落とし、スピン。エンジンも止まってリタイヤとなった。


* * * 後半戦・ゴール 〜 レインマスター、雨の中の初優勝 * * *

 混迷の色を濃くしてきたドイツGP。しかし、まだまだ波乱は終わらなかった。
 そう、またしても雨が降ってきたのだ。しかも、第3シケインアイルトン・セナからスタジアム・セクション、それにホームストレートのみが強い雨で、それ以外はほとんど降っていない、という非常に難しい状況である。各チーム、レインタイヤに変更するかどうか多いに悩む。

 そんな中、残念極まりないアクシデントが発生する。1コーナー進入でわずかに姿勢を乱した7位ヴィルヌーブを、チームメートのゾンタがパスしようとして接触、ヴィルヌーブは派手なスピンを喫し、大きく順位を落としてしまった。


 雨は激しくなりつつあった。そして、こうした微妙なコンディションに弱いハッキネンは、トップチームの中で真っ先にレインタイヤへの変更を決断した。これと同時に多くのドライバーがピットに殺到した。

 しかし、残り10周。ドライタイヤのままで走り切ることに賭けた者達がいた。バリッケロ、クルサード、フレンツェン、ゾンタだ。特に、クルサードとフレンツェンは壮絶な2位争いを展開していた。そして彼ら4人を、レインに交換した5位ハッキネンが猛然と追い上げるという展開だ。
 だが、やがてゾンタはコースアウトしてリタイヤ、クルサードも諦めてレインタイヤ交換にピットイン、フレンツェンもトラブルでストップと、ドライに賭けたドライバーは軒並み脱落していくことになったのだった。

 だがレインマスター、バリッケロだけは違った。雨足の強いセクションでも大きなタイムロスをすることなく、ドライタイヤで辛抱強くトップをキープする。
 さらに、やがて雨も弱まってコンディションが回復してきた。ハッキネンとの差が開いていく...。



podeum


 123戦未勝利の若きベテランの初優勝は、やはり得意な雨の中だった。18番手からの奇跡的な大逆転優勝であった。2, 3位はハッキネン、クルサードのマクラーレン勢。表彰台では、ブラジル国旗を手に無邪気に涙を流すバリッケロを二人で祝福した。
 ちなみにバリッケロとクルサードはイギリスF-3ではライバル関係にあり、この時はバリッケロがクルサードを下し、チャンピオンを獲得していた。その後大きく差がついてしまっていた二人だが、ようやく同じ土俵で互角に戦える環境になったということか。



 4位には最後尾から、混乱の中で見事なレースを組み立てたバトンが最後にサロをかわして入り、6位はデ・ラ・ロサが入った。アロウズはトラブルさえ発生しなければコンスタントに入賞が可能なポテンシャルを発揮しつつあるようである。


3.総括


 今回はバリッケロの優勝に尽きるだろう。序盤から攻めた走りをしたことと、二度のセーフティカーと雨が全て彼の味方をした。初優勝とはそういうものなのだろう。さらにこの優勝で、実は彼はシューマッハとわずかに10ポイント差のところまでポイントを延ばしてきた。
 既にカナダGPの時点で彼にはチームオーダーが発せられている。確かに、彼のシューマッハの実力差は依然として大きい。だが、ここでナンバー2になど甘んじない戦いを繰り広げてくれると、チャンピオンシップは4人による白熱の展開に持ち込まれる!

 一方のシューマッハはなんと3戦連続のノーポイントとなった。運が悪いという一面もあるが、今回、そして前回の1コーナーの事故は、決して彼の責任がないわけではない。追い上げてきたマクラーレンの前に、焦りがあるのが良く分かる。

 マクラーレン勢はレインマスターの前に敗れたが、概ね、定石通りの作戦をとったと言える。ハッキネンが自ら認めている通り、残念ながらあの状況でドライで走りきれるだけの柔軟性は、彼らにはないからだ。今回はシューマッハがいないのだからこれで良かったのだ。
 とにもかくにも、二人のドライバーは同ポイントでシューマッハと2ポイント差。この流れを断ち切らずにいけるだろうか?

 それにしても、侵入者あり、セーフティカーあり、雨ありと、かなり内容の濃いレースであった。


 ところで、話題は全く変わるが (^^;、今回マシンに大きく手を加えてきたチームが二つある。



EJ-10B


 今回は奮わなかったジョーダンだが、新しいEJ10Bシャシーは'92年のフォンドメタルGR02や'94年のミナルディM194に見られたような、サイドポンツーン前半部分から下部が抉られた形状になった。
 昨年の中盤戦から採用されたウィング状の整流板も残されているようで、これらのディバイスの相乗効果でハイノーズからの空気の流れを、より損失なくディフューザ上部まで導く、という狙いが見受けられる。



 また、これは高速コースだけの可能性もあるが、リヤのウィングレットは他チームに多く見られる3次元形状のフィンに変更されていた。
 ガスコインが実質上チームを去ったと言われるジョーダンだが、開発は滞りなく続けられていることは明白だ。



R-1


 一方、ジャガーは開発路線を大きく変更し、大きなディフレクターを廃止し、小さなディフレクター+ウィング状の整流板という組み合わせになった。これはテクニカルディレクター、ゲーリー・アンダーソンが以前在籍したジョーダンと酷似するディティールである。



 アンダーソンが一から設計できる時間がありながら、継続性を重視し、成功作であった前年のSF-03の改良という路線を採った今年のR-1であるが、成績不振から、よりアンダーソン色が強く打ち出されつつあるようだ。
 それにしても、デビュー当時は非常に美しいディティールを誇っていたR-1がシーズンを追うごとにどんどん醜くなっていくのを見るのは、忍びない気分ではある。

 画一化の進んでいると言われるF-1マシンだが、実に細かい部分では更なる性能向上を求めて留まることのない開発が続けられていることがわかる今回のこの2チームの改良であった。


 さあ、今年も残すところ6戦である。ますます混戦となってきたチャンピオンシップの展開が楽しみだ。
 次戦ハンガリーGPは8月13日、オンガロリンクサーキットで行われる。




Result
1 R.Barrichello Ferrari 1:25'34.418
2 M.Hakkinen McLaren Mercedes +7.452
3 D.Coulthard McLaren Mercedes +21.168
4 J.Button Williams BMW +22.685
5 M.Salo Sauber Petronas +27.112
6 P.De La Rosa Arrows Supertec +29.079
7 R.Schumacher Williams BMW +30.897
8 J.Villeneuve BAR Honda +47.537
9 J.Trulli Jordan Mugen-Honda +50.901
10 E.Irvine Jaguar +1'19.664
11 G.Mazzacane Minardi Fondmetal +1'29.504
12 N.Heidfeld Prost Peugeot -5laps
- DNF -

H-H.Frentzen Jordan Mugen-Honda 39laps (Trouble)

J.Verstappen Arrows Supertec 39laps (Spin Off)

R.Zonta BAR Honda 37laps (Spin Off)

M.Gene Minardi Fondmetal 33laps (Engine)

A.Wurz Benetton Playlife 31laps (Spin Off)

P.Diniz Sauber Petronas 29lap (Accident)

J.Alesi Prost Peugeot 29laps (Accident)

J.Herbert Jaguar 12laps (Engine)

M.Schumacher Ferrari 0lap (Accident)

G.Fisichella Benetton Playlife 0lap (Accident)

Fastest Lap : D.Coulthard (McLaren Mercedes) 1'44.300

Drivers
Chanpionship
Constructors
Chanpionship
1 M.Schumacher 56 1 Ferrari 102
2 D.Coulthard 54 2 McLaren Mercedes 98
3 M.Hakkinen 54 3 Williams BMW 22
4 R.Barrichello 46 4 Benetton Playlife 18
5 G.Fisichella 18 5 BAR Honda 12
6 R.Schumacher 14 6 Jordan Mugen-Honda 11
7 J.Villeneuve 11 7 Sauber Petronas 6
8 J.Button 8 8 Arrows Supertec 4
9 J.Trulli 6 9 Jaguar 3
10 M.Salo 6
11 H-H. Frentzen 5
12 E.Irvine 3
13 J.Verstappen 2
14 P.De La Rosa 2
15 R.Zonta 1


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