Vol.5: ABC of Aero Dynamics (4)
(written on 7th.Dec.1997)
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 さて、今回もまた懲りもせず、空力について語っていきます。

 前回までのテーマを振り返ってみましょう。
 前々々回がイントロダクション及びウィングについての話題、前々回がベンチュリーの話題、そして前回がハイノーズ、ディフューザーなどの話題でした。
 これらの話題は全てダウンフォースを得るためのデバイス、つまり、空気の力を利用してマシンを地面に押し付けてエンジンパワーを有効に地面に伝えたり、コーナーでの安定した走りを実現させるための装置についての解説ばかりをしてきたわけです。

 そういうわけで、今回はもっと初心にかえった空力の話題にしたいと思います。ってゆーか最初にそれをやれよって感じですが (-_-ゞ。
 ま、具体的には、前半はマシンのスタイリングについての話です。

 F-1マシンの空力のテーマは空気抵抗を少なくすることよりもむしろダウンフォースをいかに稼ぐかが重要だということは前々々回で申し上げた通りです。
 そもそもコーナーリング性能の重視のため、及びレギュレーションのためにタイヤがむき出しである時点で、F-1マシンの空気抵抗は市販車と比較してもはるかに大きい空気抵抗値となってしまっているのです。

 しかしながら空気抵抗を無視しているかといえば、もちろんそれも否です。空気抵抗が少なければ当然スピードも伸びるわけですから、できるだけ空気抵抗を減らしたいに決まっています。
 これも前々々回で既に触れましたが、昔の空力の概念のなかった時代でも、少しでも空気抵抗を少なくしようと、マシンの形状は非常にシンプルな葉巻き形をしていました。
 しかし、現在のF-1はもっとゴタゴタとしていて、見た感じ、昔のほうが空気抵抗が少なそうな形状をしています。もちろん、現在のF-1には先述のようにダウンフォースのためのデバイスがたくさんついてるためであり、実際、それらのために空気抵抗値はむしろ大きくなっているかもしれません。

 ところが、よく考えてみると、F-1マシンにはタイヤがついています。何を言いたいかというと、確かに葉巻き形ボディだけを見ればスムースに空気が流れていきそうです。しかし、現実にはただ単純な円筒形をした巨大なタイヤがボディのわずか数十cmのところで猛回転しているのです。これが空気の流れに影響を与えないわけがありません。

Hamaki
葉巻き型マシンの周りの空気の流れ

 葉巻き形ボディを上から見てみましょう。

 見ての通り、確かにボディは細くなっていますが、フロントタイヤとリヤタイヤの間に大きなすきまがあります。するとここに空気の流れが入り込むことになります。
 また、フロントタイヤの起こした乱流が垂れ流し状態となっている上、リヤタイヤが完全にむき出しで、空気が当たり放題となってしまっており、この部分の空気が完全に停滞してしまう事になり、大きな抵抗となっていることが伺えます。

 ならばここになにか構造体があればいいのではないか?そう、現在のF-1で、その隙間を埋めて整流の働きを果たしているのが、ボディの横に取り付けられた箱、サイドポンツーンなのです。

Side-Pontoon
サイドポンツーンのある
マシンの周りの空気の流れ

 サイドポンツーンのあるF-1マシンを上から見てみましょう。

 どうでしょう、サイドポンツーンができたことで、空気が入り込まずに真直ぐ後ろに流れていくように見えませんか?
 このように、空気抵抗を考えた場合、単純に断面積が小さいよりも、タイヤも含めたボディ全体でなるべく断面積の「変化」がないほうが空気が真直ぐに流れて、結果的に空気抵抗が減るのです。
 「サイドポンツーン」と言うと、ラジエターが収めてある箱、だとか、クラッシュ時の衝撃を吸収するクラッシャブルストラクチャーなどの働きが言われますが、空力スタイル上でも、非常に大きな意味を持っていることがわかりますね。

 しかし、現在でもマシンによっては非常にこのサイドポンツーンが後退して短いマシンもあります。これはどういうことでしょう?
 それはフロントウィングが関係しています。

 こんなことを言うと、フロントウィングはマシンの進行方向の先頭にあるのに、なぜそれより後ろにあるサイドポンツーンが関わってくるの?と思うかもしれません。しかし、これが大ありなのです。
 フロントウィングを抜けた空気は上の図で見ても分かる通り、フロントタイヤとボディの内側を通ってサイドポンツーンにぶち当ります。するとここで空気の停滞が起こって、前から来る空気がうまく流れなくなります。そうなると言ってみれば停滞した空気が前から来る空気を押し戻すような現象が起こってしまいます。するとフロントウィングの空気の流れにも影響が出てきて、結果的にフロントウィングの効きが悪くなってしまうのです。
 そこでサイドポンツーンを後退させることでこの停滞をなくしてフロントウィングの効きを良くしてやろうというわけです。つまり言ってみれば断面積変化による空気抵抗の減少よりもフロントウィングの効きを優先したとも見れるでしょう。

Deflector
ディフレクターを装備した
マシンの周りの空気の流れ

 ところがF-1デザイナーは頭が良いもんです。最近のマシンはこの空いたスペースに整流板が立っています(ディフレクターなどと呼ばれています)。

 つまり、空気の流れにとって非常に邪魔であるフロントタイヤが発生する膨大な空気の渦を外側にはねとばす事でフロントタイヤの内側を流れる空気の流路を確保して、スムースな空気の流れを得ている事が図からも良くお分かりいただけるでしょう。

 このディフレクターは今でもF-1マシンの標準装備として、ほとんどチームが取り付けています。

 もうひとつ重要なのは、今F-1というのは、一見ダウンフォースを発生するのには関係ない部分でも、実に良く考えられて設計されていると言うことが、このフロントウィングの空気の流れ云々という話で良く分かって頂けるかと思います。

 実際にはF-1マシンのスタイリングというのは、ここでお話しした事よりももっともっと複雑にいろいろな要素が絡み合っています。ウィングの空気の流れ然り、グランドエフェクト然り、ラジエターなどの冷却系然り、安全性のためのレギュレーション然り。
 そういうことを考えながらF-1マシンを眺めてみると、各チームのデザイナーの苦労がおわかりいただけると思います。


 さて、話はガラッと変わりまして、空力に関係したことで「スリップストリーム」について解説することにしましょうか。

 良く中継などでも「スリップストリームに入った!」などというセリフを聞きます。スリップストリームを使えばどうも追い越しをかけることができるようだということも多分文脈からわかるでしょう。

 ではなぜ追い越しができるようになるのか?

 高速で走るF-1マシンの後方には、気圧が低い部分...負圧が発生します。これがスリップストリームです。
 これまでベンチュリー効果のところで話してきたように、負圧には引き寄せる力が発生しますから、この前車の発生したスリップストリームに自分のマシンを入れれば、前車と引き寄せられるわけです。つまり、前車によって引っ張られるような感じになるわけですね。
 で、この引き寄せる力を利用してエンジンパワーをセーブした上で、さらに踏み込めば、前車を上回るスピードを得る事ができる...これがスリップストリームによる追い越しの原理です。

 ところが、最近のF-1はマシンの安定性の多くの部分をウィングやグランドエフェクトなどの空力に頼るようになっています。これらの部品は空気の流れの影響を非常に敏感に受けます。
 前車の後方は負圧が発生するとともに、非常に空気の流れも乱れているのです。すると、ウィングなどはその影響をもろに受けて、マシンの安定性は著しく低下します。ですから、せっかくのスリップストリームを利用しようとしてもマシンが安定しないために結局パスできないということが起こっているわけです。

 また、空気の圧力が下がっているために、エンジンへの吸気、ラジエターへの冷却風の不足というデメリットも起こり得る事も覚えておくべきでしょう。

Summaries of this issue

  1. サイドポンツーンはフロントタイヤとリアタイヤの間の隙間を埋めて断面積変化を少なくし、空気をスムースに流す働きがある。

  2. サイドポンツーンの形状はフロントウィングの効果にまで影響を与える程重要である。

  3. 今トレンドであるディフレクターは、大きな抵抗となるフロントタイヤの発生した空気の渦を外側の空気に故意にぶつけてスムースな空気の流路を確保する働きがある。

  4. スリップストリームとは高速で移動する物体の後方にできる負圧部分の事である。これを利用してエンジンパワーをセーブして追い越しをかける。


 こんなところでしょうか?

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