Vol.26 : Diffuser Break-Through
(written on 15.May.1998, corrected on 10.Oct.1998)
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 フラットボトム初年、シーズンを制したのは超ショートサイドポンツーン(*注1)のブラバムBT52でした。

 このブラバムの活躍は、
「ベンチュリー(*注2)は死んだ。できる限り抵抗や揚力を少なくするためにサイドポンツーンは極力短くした方がいいようだ。」
という思いを各チームのデザイナーに与えることになりました。

 しかしながら、ブラバムの活躍は短いサイドポンツーンによる空力のメリットというよりは、それを中心としたバランスの良いシャシーが要因...、いや、マシンも含めたチーム全体が一つに機能した結果である、と述べました。


ウィングレットを装備した
ブラバムBT52

 ブラバムBT52は確かに短いサイドポンツーンが特徴でしたが、デザイナーの鬼才ゴードン・マーレイは、各所にも工夫を凝らしました。

 '83年シーズン途中から、マーレイはBT52のリヤウィングの翼端板を前方に延ばし、より外側、リヤウィングの寸法規制のレギュレーションが適用されない部分に小形のウィングを取り付けてきました。

 これは「ウィングレット」と名付けられ、現在のF-1でも一部のチームが採用していますね。

 このウィングレットの起源は、同じ年のフェラーリ126C2Bですが(次回もう一度ふれます)、ブラバムは、より積極的にリヤウィングの大形化を図り、より大きなダウンフォースを得ようとしていました。

 ウィングレット自体がダウンフォースを発生するだけでなく、メインのリヤウィングへの整流効果も大きかったようで、この年の流行の一つとなりました。


ブラバムBT52の底面

 また、マーレイの工夫はマシン底面の後端部にも及んでいました。

 すなわち、フラットボトム規制が及ばない後輪前端以降に、緩やかに上に向かって跳ね上げた整流版を取り付けていたのです。

 これは、ダウンフォースを獲得する目的よりは、短いサイドポンツーンの下の空気を、さらにスムースに引き抜いて抵抗を減らす目的だったようです。

 ところが、この整流板に、フラットボトム規制のブレイクスルーの鍵が隠されていたとは、マーレイ自身も気付いていなかったのです。

 ロータスは、ベンチュリー・カーを初めとする数々の革命的なマシンを発明したボス、コーリン・チャップマンを心臓発作で亡くしたばかりで、チームも不調にあえいでいました。
 しかし、第9戦イギリスGPに、アルファロメオから移籍したジェラール・デュカルージュが短期間で開発したチーム初のターボマシン、ロータス94Tルノーを投入しました。


ロータス94Tの整流版(?)

 このマシンは、ブラバムの整流板をさらに大きくしたような空力構造物をマシンの後端に取り付けてきていました。

 え?これはブラバムよりもさらにスムースに空気を引き抜こうとしているの?
 それとも何か別の狙いが...?

 そうです。これはダウンフォースを獲得するため...ベンチュリー効果を発生させるためのものだったのです。

 しかし、ベンチュリー・カーを禁止するために施行されたフラットボトム規制なのに、なぜベンチュリーが発生するのでしょう?

 確かに、フラットボトム規制によってマシンの底面全体にベンチュリーを形成することはできなくなりました。しかしながら、先ほども述べたように、その規制の範囲は前輪後端から後輪前端まででした。

 この部分をなんとか最大活用できないか?
 ...そこで生まれたのがロータスの空力デバイス。

 これは、マシン底面の後端に設けられた緩やかな跳ね上げによって、底面を流れてきた空気を拡散させます。

 すると、流体の連続の法則

(空気の流量)=(断面積)×(流速)

より流速は減ってしまいますので、空気を引き抜くという目的は達成できないことがわかります。

 そのかわり、この部分の空気が薄くなって負圧が発生します。すると、フラットボトム部分の空気がこの負圧部分に引っ張られて加速します。
 すると結局フラットボトム部分の下全体に負圧が発生することになります。これはまさにベンチュリー効果です。

 このように、フラットボトム規制においても、完全にベンチュリー効果が失われたわけではないことが明らかになったのです。

 これがやがて「ディフューザ」と呼ばれるようになる空力デバイスです。空気拡散器とでも訳せるでしょうか?

 そして、このディフューザを取り付けたロータス94Tは突如として、各チームが驚くスピードを発揮しはじめます。これを見た各チームも、急遽ディフューザを導入することになったのです。

 そして、ディフューザは現在でもF-1空力で最も重要なデバイスの一つになっています。

 というわけで、F-1の恐るべしマシン開発のスピードは、早速、フラットボトム規制下でもベンチュリー効果を得る手法を編み出してしまいました。

 果たして、これ以降のマシンはどのような発展を辿って行ったのでしょうか?

*注1:

 サイドポンツーンとは車体側面の箱のような部分のことであり、現在ではラジエターや、車載コンピュータなどを収め、側面衝突時の衝撃吸収の役目もある。ベンチュリーカー時代以降、空力上非常に重要なアイテムとなった。
 もともとポンツーンとは水上飛行機のフロートのことを指す。

*注2:


ウィングの周りの空気の流れ


ベンチュリーの原理

 ウィングはその上面と下面に空気が流れ、飛行機の場合は上面、F-1の場合は下面の空気の流速を上げて負圧を作り、その方向に向けた力(揚力/ダウンフォース)を発生させるものである。

 それに対し、ベンチュリーは凸状の構造物が向かい合ったもので、その間を空気が通り抜けることで流速が上がり、そこに負圧が発生するものであり、ベンチュリー・カーの場合はその片方の凸状構造は路面になっているわけである(この場合、地面とマシンの間に力が発生するのでその力をグランドエフェクトとも呼ぶ)。

 ベンチュリーの場合は負圧になる部分のみが存在すれば良く、ウィングのように上面/下面の空気を考慮する必要がない。

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